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超仮説シリーズ・発達障害が存在する真相 第3回「先祖返りのメカニズム」

これまでに得られた経験と知見を基に、この現代に「当事者が存在する理由」の真相を解き明かすべく迫るシリーズ、第3回。

🌑LGBTが存在する真相🌑
culrides.hatenablog.com

🌑発達障害が存在する真相🌑
culrides.hatenablog.com


今回は「なぜ先祖返りが起きるのか」について、話を展開して参りましょう。


🌑先祖返りのメカニズム🌑

さて、ここで少し話を変えてみよう。

前回までの発達障害となる「理由」について解説するにあたり、この先祖返りと他の生物などとを絡め検証すると、新たな側面が浮かび上がって来るのだ。


その一つの例として、農作物の世界では「メンデルの法則」と言う現象が存在する。

これは家庭菜園などを経験された方であれば、一度は耳にした事があるかと思う。


このメンデルの法則についての詳細は各々で調べて貰うとして、ごく簡略化して説明するに、「優秀な品種(仮にXとする)のタネから生えた子孫は、何故かその優秀な性質が引き継がれず、先代や先々代の性質に逆戻りしたり劣化してしまう現象」を指している。

そう、時に作物は先祖返りするのだ。


例えば、このXと言う品種が「美味くて大きくて丈夫な性質」であるとして、それを作るにあたり「美味いが小さくて貧弱な親世代a」と「美味くはないが大きくて丈夫な親世代b」などをかけ合わせる事で、「新しい品種X」として完成する。

これがいわゆる「F1品種」と呼ばれる作物を生み出す手法の一つであり、現代の市場に流通する作物の「主流」ともなっている。

だが、上で述べた様に、このF1品種のタネからまたF1品種が生れる事は無く、その子孫はほぼ例外なく「親世代aかbどちらかの性質」、あるいは「よくわからないカオス的な個体」に分離してしまう事が通常。
しかも、この子世代の分離はランダムに発生し、タネの外見上では「どちら」になるか全く見分けがつかない。

つまり、しばらく育ててみるまでaなのかbなのか判らないし、それで上手く育つかどうかも判らないのだ。


ここで当然、ならばF1品種同士を掛け合わせれば、「更に美味しく大きい品種」が出来て好都合では無いかと思われるが、残念ながらそれは「まず出来ない」。

そもそもF1自体が、人の手による「人工受粉」や「接ぎ木」などで幾通りもの品種による組み合わせを試行しながら、長い年月をかけて完成しているものとなる。
仮にそれ以上となれば、余程の奇跡的な組み合わせを発見したり、あるいは突然変異が起こらない限り、本来なら自然界では交配し得ない仕組みになっているからだ。

その意味で、F1品種とは作物における究極的な姿であり、いわば「頭打ち」とも表現しうるのだが、この法則はまるで「それ以上は進化できない設計」であるかの様でもある。

あえて別の言い方をするなら、「必然性の無い急激な進化はリスクを伴うので、それ以降の世代には強制的にストッパーがかかる」とも表現出来るかも知れない。
その為に、F1品種から生えた子孫では一度分離する事になるのだろう。


しかし、この分離は単なる先祖返りに留まらず、それと別に最も重要なポイントが存在する。


実の所、このF1品種のタネから発生した次世代は、いずれのパターンも親世代(この場合F1)より遥かに貧弱な姿となるだけでなく、サッパリ実を付けてくれない場合もあれば、その実の形もイビツだったりと、もはや先祖返りを越えて植物として生存不能なほどに「生命力がスポイル」されている状態となる事が殆どなのだ。

しかも、場合によってはその果実が「タネ無し」となったり、あるいは「タネ自体が機能しない」品質となる時さえあるほど。
こうなると当然ながら、それ以降の次世代は生えない事になる。

つまり、F1品種のタネからは「劣化」ないしは「カオス」と呼べそうな子孫しか出て来ないだけでなく、酷い言い方をするなら「次世代は子孫すら残せない」場合もあるのだ。


実際の話、これらの現象については個人的な経験とも符号しており、過去に複数種類のF1品種のタネから育ててみた検証結果からして確かな事実と言える。
その様子は当ブログの「食べ蒔き作物シリーズ」をご参照下さるとして、当時を振り返るに、もはや先祖返りを越えて「リセットスイッチ」が押されてしまったかの様な印象を抱いたものである。

🌑食べ蒔き作物シリーズ🌑
culrides.hatenablog.com


と、この様にメンデルの法則を説明する場合、大抵は「どうやって先祖返りするか」のメカニズムに関する話が中心である。

しかし何故、先祖返りしたり、あまつさえ劣化やカオス化まで起きてしまうのか?
それでは種として生き残れないだろうし、ずっと優秀な品種のまま存続すれば良いではないか?

そう思われてならないだろう。


だが、これらの疑問については殆ど説明される事が無い。
そう、本来なら「先祖返りする理由」についても言及されなければ、説明した事にはならないのだ。

この「理由」については、まだ前提となる条件への言及が必要となるので後半の記事で触れるとして、次回も更に作物の話を続けてみましょう。



では、また、CUL。