今回は、思い出した時に綴っている、ロサンゼルスの公共交通で遭遇した、あんな人こんな人シリーズで御座います。
関連記事
その1
バイオレンス鈍行列車
とは言っても、過去に何度か語ってきた事もあり、そろそろ記憶も内容も薄まり出しているのが正直な所。
なので、今回は(毎回だけど)本当にオチがあるでも何でも無く、単に「また妙な人が現れた」と言うだけのお話しとなります。
一応、最近無駄にハマりつつある自作のイラストも貼付してみましたので、その「イメージ」と併せつつ、ごゆるりとご覧下さいな。
ある日の日中。
あれは確か、ダウンタウンより北東部に位置する、El Monte(エル・モンテ)の周辺をバスで移動中の事だった。
システムマップより。
エル・モンテは地図上、右端のエリア。
このエル・モンテ近辺は、ラテン系の移民が多く、その中でも先住民系の比率が高い地域となる。
東側には、City of Industry(シティ・オブ・インダストリー)と言う文字通りの工業地区があり、近辺も企業の工場や倉庫、商店が多く、基本的には労働者のベッド・タウンとしての側面が大きい街と言える。
更に、この西側はAlhambra(アルハンブラ)と言う地区なのだが、そちらは急にアジア系の移民が多くなり、主に中国語を中心として韓国語も混ざる様な地域となる。
その為、バスの常客もエリア毎に変化が見られ、ある意味ではLAらしい人種の「住み別け」も実感出来る場所とは言えるかも知れない。
ついでに余談として、ラテン系が中心となるエル・モンテ周辺には、完全にメキシコから南米の顧客をコアターゲットにした大型スーパーマーケット、その名も「El Super」と言うお店がある。
※正確にはLAの各所にチェーン展開しています。
たまたま僕が行った場所が、ラテン系の住民が暮らす地域で尚且つ、本当に店内もラテンのお客さんばかりだったので印象に残っているだけの話です。
その店内には大量のメキシカン・フードが山積みされており、魚や野菜を始めとした生鮮食品から加工品まで、その価格がどれもこれも異常に安く種類豊富なのが特徴。
当然、一つ一つの商品のボリュームも、日本とは桁違い。
店内の表示もスペイン語が中心で、店員も客の会話も皆エスパニョールと、アメリカに居ながらにして異国情緒を味わえます。
感覚としては、コストコ規模の店内が軒並み南米色で埋め尽くされている様でもあり、その客層と相まってか、まるで本当にメキシコに来たんじゃないかと錯覚してしまう程だ。
ちなみに、僕はそこで、かねてより気になっていたライス・プリンなるスイーツ(その名の通り、お米で出来たプリン)を購入し食べた記憶がある。
勿論、店内に並んでいるプリンの種類も非常に多く安いので、どれを食べるか迷ってしまうのだけど、これは日本も変わらない所ではある。
そのライス・プリンの味は予想に反して、「かなり優しい甘さのお粥」みたいな印象。
あえて表現するなら、砂糖を溶かし込んだホットミルクの中に、炊いたお米を敷き詰めて冷やし固めた様であり、一口毎にその米粒の食感が残る独特な味わい。
カラメルプリン的な物を想像すると軽く裏切られるが、勝手に異様に甘いアメリカのお菓子みたいな味を想像していただけに、意外に感じたものである。
しかしながら、タコスやブリトーと同じく、これも一つのメキシコ伝統の味。
いわば、3時のおやつは文明堂的な「王道のお菓子」ほど、昔ながらのささやかで控えめな味付けなんだろうなぁと、妙に納得したのであった。
とまぁ、話は元に戻りまして。
今回の話は、シティ・オブ・インダストリーからエル・モンテにかけての、バスの車中での出来事となる。
先述の様に、車内はラテン系の常客が多く座り、そして時間帯が夕方であった事もあってか、おばちゃん達の様な主婦層が多数を占めていて、何処か和やかな雰囲気が漂っていた。
そんな中、あるバス停に停車した時。
バスの前方ドアが開いたと同時に、突然、一人の男が急ぎ足気味に飛び乗ってくる。
しかも、オペレーター(運転士)をチラッと見るだけで、そのまま何も言わず車内に滑り込むと、そのままの勢いで僕の目の前の座席にボスッと座るでは無いか。
それは、傍目から見れば完全に、堂々たる無賃乗車だった。
特に「パス」を見せた様子も無ければ、何かを喋った様子も無い。
本当に、お互いにチラ見程度にしか相手を認識していないはずだ。
運転士がいながら、こんなに「すんなり」乗り込むなんて初めてのパターンである。
当たり前の話だが、普通なら乗った時点で呼び止められて、確実に注意を食らうはず。
なのに何故、何も言われないのか。
と同時に、この一瞬の間に、ある「違和感」が脳裏を過っていた。
先ず、その男の見た目は、痩せ形の中背、そして五分刈り程度に短く刈り上げられた坊主頭。
人種としては何とも言えないが、どちらかと言えば中東系に近い顔付きで、このエリアでは珍しいタイプである。
ただ、かなり険しい表情をしており、やけに周りをキョロキョロと警戒する様な素振りを見せるなど挙動不審で、あまり「普通」の状態には見えない。
いきなり無賃乗車してくる時点で目立つのは確かだが、そのキャラも相当に目立つ。
そして何より、最も目を引いたのが、その男の服装が「オレンジ一色のセット・アップ(もしくはツナギ)」である事だった。
更に、僕の目の前に座った事もあり、その恰好を繁々と観察していると、その上着の背中に大きく判りやすい字体で、何やら文字が書いてあるのが目に入る。
それを読んでみると黒字でしっかり、「LA COUNTY JAIL」とプリントされていた。
えーと・・・?
LA COUNTY 「JAIL」・・・?
すると、あなたはもしや・・・。
囚人・・・!?
そう、その姿は紛れも無く、囚人姿のソレなのだ。
そんな人物が一体、何故このバスの、否、町の中に居るのか。
そう考える間もなく、全くもって事態を把握出来ぬまま、何事も無かったかの様にバスは発車してしまう。
えぇ~・・・スルーする・・・?
だが、運転士はこの違和感に気付いていない訳が無い。
そもそも、乗る瞬間までは確かに目視していたにも関わらず、そのまま乗車を黙認しているのだ。
間違いなく、何かしらの感想は抱いているはず。
これはもしや、運転士はこの違和感に気付いていながらも、あえて「触れないように」、自然体を装っているだけなのか。
確かに、下手に刺激すれば何をしでかすか分かったモノではない。
そう思うと、この対応を取らざるを得ないのかも知れないと、僕の中でも様々な臆測が巡る。
無論、その彼が一体何者なのか、直接尋ねる事など出来よう筈もない。
何しろ、ルックスからして普通では無い所か、とにかく行動が怪しすぎる。
目の前の座席に座ってからと言うもの、ずっと身を低く屈めながら窓辺に張り付き、太い眉をひそめ眉間に皺を寄せ、目を細めて、ひたすら車窓から外を凝視している。
何を探しているのか、それとも何を気にしているのか皆目見当がつかないが、やけにキョロキョロと通行人か、何かしらの外のモノに目を配らせている様子。
その間、全く聞き取れない小声でボソボソと独り言を言いながら、しきりに指先を小刻みに動かしており、視界に入る何かしらを一つ一つ「指差し確認」している様に見えた。
一度、何か気になるモノを見付けたのか、ある対象に対して異様な興味と言うか反応を示し、通り過ぎる「ソレ」を目で追いながら、指先で「サイン」の様なモノを送っている。
その姿は何となく、外の何者かと「交信」しているかの様でもあった。
当然、一体これらに何の意味があるのか理解が及ばないが、その険しい表情と共にやけに切迫した雰囲気だけが伝わってくる。
それに対し、運転士は相変わらず無視を貫く。
他の常客達も、その存在に触れるでも無く(気になるだろうけど)、そして誰もパニックで騒ぐ者も居ない、不思議なほど静かな時が流れている。
ある意味では、この男だけが一人、他と違う「空間」で動いている様な、そんな印象さえ受ける不干渉ぶりだ。
しかしながら、彼は何故、この恰好のまま外にいるのだろうか。
僕は、そればかりが気になって仕方がなかった。
まさか、出所する時も同じ囚人服で出てくる訳ではあるまいし。
それで調べてみると、どうやらこの時期、刑務所を舞台にしたコメディドラマが人気だったそうで、オレンジ色の囚人服を模した服を着るのが、一時的に流行したらしい。
更に、実はe-bay等のネットオークションでは、この囚人服を模したTシャツが通販されている形跡が確認出来た。
しかも、中には「LA COUNTY」と、オフィシャル感のあるデザインすら出回っている模様である。
しかし、だからと言って囚人服の上下セットアップが、そのまんまのデザインで近所のディスカウントストアで売っている訳ではあるまい。
そもそも、彼の上着はTシャツでは無く、完全に「アチラ」の形状をしている。
サイズのダボついた感じについても同じだ。
まず何より、それが仮にアパレルメーカーの売り物で買ったとして、ましてファッションとして着ていたとして、何のメリットがあるのか不明すぎる。
大体、そんなオフィシャルモドキを着て町をうろついているのが見つかれば、ギャグにしたって芸術にしたって、単に怒られるだけじゃ済みそうに無い。
あるいは、D.I.Y.的にジョーク半分で自作したとしても、結局、「何の為に」と言う話になる。
それを着て外に出た時点で即刻、通報されるか職質を受けるだけであろう。
ましてや、彼のルックスや挙動からして明らかに様子が変だし、どこからどう見ても「ジョーク」には見えない。
その観点からすれば、余計に不審がられて拘束されるリスクを高めるだけに違いない。
他に可能性があるとすれば、野外清掃などの「社会奉仕活動」をしている隙を狙っての逃走だろうか。
確か、「ジェイル」は短期の留置所としての機能があるので、外に出れる余地は有り得る。
そう考えれば、やはり何処かしらから逃走して来たか、脱走して来たと見るのが自然と言えるはずだ。
でも、そんな脱獄みたいな事が可能なのかも、また謎が大き過ぎる。
正直な所、彼が手錠をしていたかどうかは覚えていないのが痛い所。
その服装と挙動に気を取られ過ぎて、あまりハッキリと見ていなかったのだ。
何れにせよ、刑務所から直接抜け出たのか、それとも何かの隙に逃げ出したのか、そんなパターン位しか想像がつかない。
本当に、この恰好のまま一体どこから来て、そして何処まで行くつもりなのだろうか。
謎は深まるばかりだ。
こうして、暫くバスは走り続けるのだが、その約十数分後の事。
ある停留所に停まり前方ドアが開くと、また唐突にその男はガバッと飛び上がる勢いのまま、無言で急ぐ様にバスを降りて行く。
しかし、やはり運転士は特に何も触れず、その様子をスルーしている。
絶体、何か気になっているはずだ。
一応、補足として。
アメリカのバスでは、乗る時は大抵運転士から「やぁ、調子どう?」と挨拶をされる事が多く、それに対し常客達も「あぁ、グッドだよ。今日は暑いな」などと応えるのが、一連の「流れ」として定着している。
同じく、降車する時には、常客は「サンキュー」と言ってから降りるのがマナーであり、運転士も逐一「あいよー」と応えるのが習慣化されている。
それこそ、「前乗り」で「前降り」をするなら、必ず言葉を交わす事になる。
尤も、どうやら最近は無言で乗り降りするパターンも増えている印象ではあるものの、それと今とでは意味が異なるのは言うまでも無い。
つまり、彼の様に最初から最後まで運転士が言葉をかけないのは、かなりイレギュラーなパターンなのだ。
結局、彼は降りてからも、周囲を警戒する様な目線を配りつつ、そのまま去って行く。
果たして、あの恰好で何処へ行くつもりだったのだろうか。
そしてバスも、彼が去るとまたルーチン作業の如く再び発車。
それは、まるでこの出来事自体が無かったかの様に、あくまで通常営業のまま運転し続けるのであった。
今にして思えば、運転士に「あれは何だったの?」なんて質問しておいても良かったとは思う。
毎度の事だが、我ながらこの辺でジャーナリズム根性が足りないな、なんて思う部分だったり。
まぁ、別にジャーナリストでも何でも無いのだけど。
ただ、その当時はあまりにノーリアクション過ぎて、「実はそこまで大した事案でも無いのだろう」と、一人合点している自分がいた。
それは、他の乗客のリアクション然り。
尤も、一連の対応を見た限りでは、もしかしたら質問した所で僕と同じ様な感想が出ていただけかも知れないが。
などと、色々考察した所で真相は謎のままではある。
だけど、突拍子も無く意味不明な出来事に遭遇したとして、それでも「いつも通り」で済んでしまう摩訶不思議な空間。
それが、ロサンゼルスの公共交通の日常なのでした。
では、また、CUL。