久々に思い出したので、このシリーズでも綴ろうかと。
これまでのエピソードについては、下記の記事を参照して下さいな。
その1
その2
その3
これまで記して来た様に、ロサンゼルスの公共交通はキャラの宝庫である。
良くも悪くも、ハプニングが日常的に起こるし、気が抜けないシーンが多々ある。
それも日本では有り得ないシチュエーションが殆どで、細かい事も含めれば思い出すのもキリが無い位だ。
まぁ、ポジティブに言えば、観察するだけでも飽きない人々ばかりとも言えるのだが。
そんな環境だけに、時に「謎」な人物が乗ってくる事もある。
この話は数年前の出来事になるので記憶が曖昧な部分もあるのだが、人物だけは今でも良く覚えている位に、地味に強烈なインパクトを残している。
あれは確か、ダウンタウンからハリウッドを越えた北部にある、バーバーンクと言う地区を訪れた時の事。
システムマップより。
バーバンクは地図上、左上のエリア。
そのバーバーンクへ向かうバスに乗っている折り、少し気になる店を発見したので、思わずぶらり途中下車をする。
と言っても、それほど大した用でも無いので、暫く店と周辺を見て回った後、ほどなくバス停に戻る。
だが、バス停に戻ったはずが、何故か停留所の看板が見つからない。
いや、正確には看板はあるのだが、そこに「乗るべきバスの番号」が印されておらず、果たしてその場で待っていて大丈夫なのか不明なのだ。
実は、この時まで乗っていたのはRapid(急行)バス。
走る路線自体は、基本的に鈍行(各停)と変わらず、急行は数ヶ所飛ばしで停車する。
この点は、日本の急行電車と変わらない。
ただし、鈍行のみ停車するバス停には、そもそも急行の番号が印されていない。
また、同じバス停の名前だとしても、急行と鈍行とで停留所が微妙にズレている場所も多い。
更に、希に急行と鈍行で微妙に違う路線を使いながら、同じ目的地に行くパターンもあるので、根本的に乗り場が違う事もある。
その為、何も知らずにいると、降りた後になって急行のバス停を見失う時があるので、もし再度急行に乗る時や帰る時などは、予め反対方面のバス停の位置を確認しておく必要があるのだ。
一応、この時に関しては行き先も路線も変わらないので、今いる道で間違いない。
何処にあるのか探し回っていると、降ろされた位置から100mほど遡った歩道にあるのを発見。
つまり、降ろされた場所は急行の停留所では無く、鈍行のバス停に停車した訳だ。
何事かと思いその「本来のバス停」をよく見ると、調度、道路工事の真っ最中で停留所の周囲がブロックされているではないか。
そう言えば、乗っている時に通過していた事を思い出す。
よく見れば、停留所の変更を知らせる告知も貼られており、内容を読むとどうやら、僕が降りた場所こそが臨時の急行バス停となっていた様である。
そりゃ、降りる時に何かしらインフォメーションが無きゃ分からんつー話。
この唐突で雑な感じも、ロサンゼルスらしさではあるのだが。
そんな事実が判明した事もあり、再び臨時のバス停へと戻る。
手持ちの時刻表を確認すると、次の便の到着までは暫くの時間があったので、歩道脇のベンチに腰掛け待つ事に。
その待つ間。
アメリカの道路は進行方向が右車線なので、歩道から車道を見て左側ばかり視界に入れつつ、来るバスを見逃さない様にしていた。
何故なら、ちゃんとその場に居るのが運転手から見えていて、尚且つ手を上げてアピールしないとスルーされる恐れがあるからだ。
その点でも気が抜けないのが、メリケンバスである。
と、暫くして。
何となく視界を右側、つまり進行方向に向けると、僕と同じ側の歩道の向こうに一人、やけに「目立つ男」がいるのに気付く。
彼は調度、逆向きから現れた事になる。
その男は自転車に乗っており、ゆっくりと漕ぎながらこちらへ近づいて来ると、同じバス停の前で止まり、自転車を降りた。
で、彼の何が気になるかと言えば、そのルックスが「普通」では無く、思わず目を奪われてしまったからだ。
まず身長は軽く190cmはあり、恐らく体重も100kgは超えるであろう、筋骨隆々とした巨漢。
その身に纏うのは、「水色」を基調としたオーバーサイズのホッケージャージと、同じ色合いのジャージショーツ。
靴下は真っ白な膝丈のハイソックスと、メーカーは覚えていないがやはり真っ白なスニーカーを召している。
また、服の間から覗くのは、肌をミッチリ埋め尽くすブラック&グレイのタトゥー。
それは指先は元より、腕、首回り、そして綺麗に剃り上げられたスキンヘッドの全面に至るまでと、全身隙間なく施されているに疑い無い面積を誇る。
更に、目の奥を見通せない濃い色の真っ黒なサングラスと、タップリ蓄えて整えられた口髭で武装した姿は、明らかに「カタギ」には見えない。
いや、何なら何人か殺していても不思議では無い程に、あからさまな凶悪サグオーラを放っている。
そう、彼はどこからどう見ても、チカーノ・ギャングそのものなのだ。
イチイチ例える話でも無いだろうが、エステバン・オリオールの写真に出る様な人物に、ミスター・カートゥーンの刺青が全身に施されている姿を連想して貰えれば、全くイメージとして正確である。
日本的な人物で例えると、北条司先生のシティハンターに出てくるキャラの、「伊集院隼人(海坊主)」にクリソツな体格と顔つき。
まさに、絵に書いた様なタフガイだ。
そんなチカーノ、と言うより西海岸のアウトローエッセンスを全てブチ込んだ姿のマスターピースが、突然目の前に現れたのだった。
しかし、である。
僕は彼が現れてから、その見るからに危険そうな雰囲気に少し身構えたものの、どうしても気になって仕方ない事があった。
それは、乗っているのが自転車。
チャリンコなのである。
しかも、その自転車と言うのが、割りと何処にでもあるマウンテンバイク(MTB)ないしはクロスバイクの類い。
いわゆるローライダーを模した、ブリンブリンな「ローチャリ」でも無く、なんの変哲もカスタマイズもなされていなそうなメチメチャ普通のチャリなのだ。
何しろ、彼の体格やルックスから見てやけに不釣り合いだし、やけに自転車が小さく見える。
それは大人が子供用の自転車に乗っている様でもあり、あるいは相撲取りが乗っている時の絵面にも似ている。
正直、かっぱらって来たヤツと言われたら、納得してしまいそうだ。
いや、別にローチャリに乗っていようがマウンテンバイクであろうが、結局は本人の好みでしかない。
いわばイメージが先行しているだけの事で、たまたま手に入れたなり、乗るにも何かしら理由はあるのだろう。
ただ、彼の見た目から察するに、恐らくは30~40代と見られる年齢だ。
やはり、通常であればクルマに乗っている方が自然に思える。
ましてや、旧車をイジって磨きまくって「見栄え」に拘る事で、独自のステータスと価値を生み出すカルチャーを持つ彼らなら、なおのこと意地でもコロがしていそうなもの。
その辺からして一瞬、「そうじゃない人」を連想する。
要は、一種のオシャレ的な意味での、「ファッション」なのかなとも思った。
だが、どう考えてもそれは有り得ない。
何故なら、ここはアメリカのロサンゼルス。
いわばポーザー、つまり「なんちゃって」がこのスタイルで街中を歩くのは、リスクが高すぎるからだ。
エリアは違うけど、関連記事。
メリケン道中記 サウスセントラルを歩く
前編
後編
サウスセントラルの治安
その点からして、わざわざ「まんま」の恰好で外を出歩くなど、危険極まりない行為。
ましてや、全身ブルーの服である時点で、「カラー」丸出しである。
何処に敵対するグループが居るか分かったものでは無く、それこそ、いきなり「ハジかれる」恐れだってある。
その事は、彼自身も当然承知のはず。
でなければ、この様な恰好で現れるはずが無い。
間違いなく、ガチの人なのだろう。
それが何故、自転車なのか。
などと、ここまで書いてみたは良いが、どうにも肝心の「画」が無いと伝え難い。
毎度このシリーズは文章ばかりだし、いまいち光景が想像つかない部分もあるはず。
そこで、今回は頑張ってイラストを書いてみた。
何か一言付け加えようと考えていたら、一時期流行ったネタ画像のセリフがピタリとハマッてしまった。
その点はお許し下さい。
しかし、自分で言うのも何だけどこれ、かなり「激似」です。
以下、親しみを込めて、彼を「近野(ちかの)氏」と呼ぶ事にしたい。
そんな異常なギャップに気を取られているのも束の間。
彼は、僕を見るや不意に話しかけて来た。
一体何だろうと構えつつつも、流れで会話が始まる。
近野氏「よう!」
僕「やあ」
近野氏「お前、バス待ち?」
僕「あぁ、そうだよ」
近野氏「ここ、バーバーンク行きのバス来るのか?」
僕「うん、ここに来る」
近野氏「何番のバスだ?」
僕「えーと、7○○番だね」
近野氏「7○○番っ…?ここに書いてないぞ?」
と、停留所の看板を指して、やはり番号が無い事を指摘される。
そこで、簡単に状況を説明する。
僕「向こうは工事中でブロックされてる。で、ここで降ろされたし、またここに停まるそうだ」
近野氏「ふーん…そうか」
と、納得した様子。
見た目の通りぶっきらな感じだが、危害は無さそうだし、とりあえず彼もバスに乗る事は分かった。
しかし、やはりここまでガチガチの人がバスに乗る場面も珍しい。
実際、これまで公共交通を利用してきて、流石に「あからさま」な人は今まで乗っている所を見た事が無いからだ。
ハチャメチャ人間の宝庫であるロスとは言え、その見た目やキャラ次第では危険と判断され、乗車拒否を食らう場面も多い。
一度、バス停でハーブを吸っていた若者が煙を纏ったまま乗ろうとして、「お前クセェな!ブリってるからダメだ!」と、乗車拒否されているシーンに出くわした事もある。
その時は、若者がハッパを捨ててゴネまくり、何とか了承を得ていたが。
この様に、運転手から「乗るな!」と言われ、問答になる事がある。
その判断も運転手次第だが、彼も拒否られないか些か気になる所。
そんな老婆心じみた心境に浸りつつ、僕はベンチに腰掛け、彼は自転車を横に携えつつ立ちながら、二人して無言でバスを待つ。
すると、再び彼が急に話しかけて来た。
近野氏「なあ、バスの運賃いくらだ?」
僕「え、運賃…?えーと、1ドル25…あ、じゃない、1ドル50…そう、1ドル50セントだね」
近野氏「…ふーん…そう。1ドル50か」
と、何故かこの時は数字が上手く出ず、キョドり気味に言葉をカミまくる。
多分、彼の存在が気になり過ぎていたのだろう。
近野氏も、「…何だコイツ…スゲー噛んでるぞ」と思っていそうな表情であるのが、サングラスの奥からでも見て取れた。
まぁ、僕の見た目や発音からして、単なるアジア系の「外人」であるのは分かってくれている事だろう。
同時に、バスの運賃を尋ねて来る点で、日常的に利用している訳では無い事も、何となく想像出来た。
正直、この際だから「あなたはギャングか?何故、自転車とバスに?」などと質問して話を広げてみようかと一瞬思ったが、見た目からしてわざわざ触れる部分では無かろうし、下手に踏み込んで怒らせる可能性もある。
ましてや、「写真を撮らせてくれ」と馴れ馴れしい真似をする訳には行かないが故に、イラストと言う手段を取った。
どちらにしたって、余計な接触は余計でしか無い事が殆どだ。
距離感が大事であるのは、アメリカも日本も変わらないだろう。
結局、それ以降は話す事も無く、またお互い無言でバスを待つ。
程なくして、目的のバスが到着。
僕は先に乗り込み、ガラガラの車内で適当な位置に座る。
近野氏は、バスのフロントに回り、自転車を備え付けのラックに搭載している。
ちなみに補足として、ロサンゼルスのバスは車体の前後に2台づつ、計4台の自転車が積める折り畳み式のラックが備え付けてある。
乗車前に、自分でこのラックに乗せて固定する仕組み。
わざわざ狭い車内に入れずに、外に引っ掛けておけるのだ。
これがかなり便利で、使わない時は畳んで収納し、乗客が自転車を乗せる時だけ引っ張り出せる様に設計されている。
それを例えるなら、クルマやバイクに後付けする折り畳みドリンクホルダーや、新幹線の座席トレーみたいな感じ。
これは車体の積載量を増やせる、見事に合理的な機能だと思う。
日本のバス会社の方がこの記事を見ていたら、検討の余地ありです。
車幅が伸びちゃうけど。
話を元に戻して。
自転車をラックに積み終わり、近野氏も車内に乗り込む。
ポケットからジャラっと裸ゼニを取り出すと、ちゃんと運転手に金額を確認しながら運賃箱に投入している。
何だろう、この、先ほどからルックスと反比例する行動が連発する感じは。
これもロスではしょっちゅうだが、運賃を払わずイキナリ勢いだけで乗り込む連中も多くて、やはり運転手と口論になる時がある。
それも言い訳次第で、なし崩しゴリ押しで乗れない事も無い。
それに比べて近野氏は、メチメチャしっかりしている。
小銭一つ確認するマメさを見せるとは、意外と生真面目な所があるのだろうか。
いや、どこからどう考えても、殺るか殺られるかルール無用の人生模様しか思い浮かばないのだが。
本当に何者なのだろう。
果たして、運賃を払い終え無事に乗車すると、僕から一つほど空けた前の席にドカッと座る。
やけにシートが小さく見える辺りで、改めてその体格が際立つ。
こうして走り出すバス。
近野氏の目的地は分からないが、目の前に居ても特に会話は無い。
車内は他に、先住民系ラテンの方々がポツリポツリ程度で、静かな時が流れている。
僕はその間、近野氏のスキンヘッドの後頭部から首までイッパイに刻まれたタトゥーを、ずっと眺めていた。
柄は全く覚えていないが、やはりチカーノ・タトゥーの王道を行く文字や絵柄で埋め尽くされている。
ふと、彼はサングラスを外し、おでこに掛けると車窓から外を眺めている。
その時、僕はまた妙な点を発見する。
それは、やけに彼の「目」が澄んでいて、何処と無く優しそうでもあったからだ。
いわゆる、白人的な意味での青い目や薄茶色の透明感とは違う。
心底まで淀み切り、完全に人のハートまで捨て去った死んだ目では無く、どこか少年にも近い純粋な「光」を湛えているのだ。
その要因を表現するのは難しいが、わざと悪い行ないをしたくてワルくなっていると言うより、「そうならざるを得ない」からその通りに生きている様な。
あえて言うなら、己の哲学に忠実で嘘が無い感じだろうか。
これは別のイベントで見た、ハードコア・サーファーで知られるクリスチャン・フレッチャーの目にも、似た感想を抱いた事がある。
関連記事
THE SURFSKATERS 15
確か記憶では、かなり以前の雑誌の中でそのクリスチャンについて、「彼は異端だったが、彼の言う事は大抵において正しい」。
という感じに評した人がいた。
つまり、この評価を裏返せば、彼は不良だが、その言動に不正が無い。
とも言われているに等しい。
無論、くどいが近野氏は近付き難い程のサグには違いなく、これまで何をしてきたか、そして何をしている人物かなど知る由も無い。
まして、この風体で生きている以上、他人や世間からすれば害をなす存在と認識されていて仕方ないし、それを貫くとは即ち、社会との軋轢を生む事にも繋がってしまう。
故に、そもそも真似をする必要すら無いとは言えるだろう。
だが、もしかすると多分、恐らく。
例え札付きのワルでも、人として「大事な部分」だけは失わないタイプの人だけが、あの目になるのかも知れない。
そんな彼が車窓から外を見る目は、濁りの無い奥深さを残しつつ、何処か哀しげである。
その目尻にはうっすらシワが浮かび、その複雑で波乱に満ちているであろう人生を物語っている様にも見えた。
そして自ずと何故、こうして自転車を漕ぎ、律儀にバスへ乗っているのかが分かった気がした。
暫くバスは走った後、ある場所で近野氏は停車ベルを鳴らす。
彼はその景色を視界に捉えてから、停車を決めていた様子だったので、バス停の位置を把握していなかったのだろう。
その停まった場所も、一帯には何もない様なエリアである。
強いて言えば、すぐ横にアムトラック(大陸横断鉄道)のレールとその向こうにインターステート(大陸横断道路)、そして周囲には小さな個人商店と企業の倉庫がポツリポツリある位の、だだっ広い道路の交差点。
降り際に何か挨拶を交わした記憶は無いが、とりあえず停車するなり近野氏はいそいそと降車し、また自転車をラックから下ろすと、それに乗りインターステート方面へと走り去って行く。
その方角も、傍目には全くもって何かがある場所には見えない。
一体、どんな用事があるのだろうか。
その姿が遠ざかるにつれ、やはりあの自転車は頼りなく小さく見えるのであった。
そんな、ロサンゼルスでのひとコマ。
特にオチは無いが、意外な人物の、意外な姿を目撃した。
と言うお話でした。
近野氏、元気だろうか。
では、また、CUL。